今回は、本研究会が2027年8月のWowシグナル50周年記念観測に使おうとしているみさと天文台の8m電波望遠鏡の話をします。
8m電波望遠鏡のあるみさと天文台は、和歌山市と高野山のほぼ中間に位置し、和歌山県の「朝日・夕日100選」にも選ばれる見晴らしの良い山の尾根にあります。1970年大阪万博の「お祭り広場」などを設計した建築家上田篤さんが手掛けた天体ドームのある「星の塔」とホールや受付、ショップのある「月の館」のデザインが素晴らしく、昼間に建物だけを見るために訪れても楽しい天文台です。1995年のオープンからしばらくの間は、公開用望遠鏡としては日本一の口径の望遠鏡が様々なメディアで紹介され、星の塔のらせん階段に長い行列ができていました。私は、天文台のオープンから約8年、天文台長として日々、市民の皆さんに星空を案内していました。
正確な日時は忘れてしまいましたが、1977年に国立天文台野辺山観測所を何かの研究会で訪れたときに、運用を終えた赤茶けた鉄骨の骨組みのパラボラアンテナが今まさに解体されていました。赤茶けたパラボラアンテナは多数あり、まだ解体されていないものもありました。そのとき、「解体するくらいならタダで譲ってもらえないでしょうか?プロの観測機器としては役目を終えたかもしれませんが、教育用としては非常に価値があり、ぜひ、みさと天文台に移設して動態展示したい!」と、移設にかかる費用など考えもせずに口に出してしまいました。すると、国立天文台の方が真面目に検討してくれた結果、国の備品なので、減価償却を計算した結果、十数万円(正確な数字は忘れました)で払い下げすることができることがわかりました。この値段なら大丈夫だと、さっそく当時の小馬場町長に報告し、契約を結ぶことになりました。しかし、これはあくまでもパラボラアンテナの価格であって、直径8mのアンテナを解体、運搬、組み立てするには、数百万円がかかることがわかり、町長に頭を下げてお金を出してもらいました。この赤茶けたパラボラアンテナは、1997年に当時の東京大学東京天文台が太陽電波の観測用に設置した「8m動スペクトル計」と呼ばれる電波望遠鏡でした。
残っていたアンテナは、パラボラの口径が8mのものと6mがあり、大きな8mを譲渡してもらいましたが、みさと天文台の譲渡のあと、西はりま天文台が残りの6mを譲渡してもらってモニュメントとして公園入口に展示しています。1997年秋に、みさと天文台にバラバラに解体されて到着した姿は、まさに鉄くずのようで、うまく元通り組み立てられるか不安でした。1998年3月には、組み立てが完了し、架台(天体を追尾できる赤道儀式)だけは自由な方向に動くようになりました。そこで、当時の国立天文台太陽電波観測所の小杉健郎所長をお招きして公開で「引っ越しの祝い」を行いました。和歌山では、お祭りや地域のイベントの目玉行事として「餅投げ」が盛んに行われるため、この日もたくさんの餅が用意されました。みさと天文台の名誉台長である佐藤文隆さんと私は、電波望遠鏡の隣に停めた軽トラの荷台から餅を投げたのですが、ゲストの小杉さんは望遠鏡に登って、遠くまで餅を投げていました。小杉さんにとって、この電波望遠鏡は学生時代から研究で使用してきたそうで、メンテナンスなどでよく登っていたということでした。
ここまでが8m電波望遠鏡移設の話ですが、望遠鏡として観測できるようになるにはさらに時間がかかりました。移設だけに数百万円使ってしまったために、架台は動くものの、電波を受信したり分析したりする機器を揃えることができずにいました。2003年に、私がみさと天文台から和歌山大学に異動後、和歌山大学の生涯学習教育研究センターの当時のセンター長であった山本健慈さんに大学の枠を超えて地域の天文台のスタッフも巻き込んだネットワーク型の研究組織が作れないか相談しました。その結果、2005年に学内の複数の部局に散らばっていた天文関係者と、みさと天文台の研究員の皆さんを客員に迎えた和歌山大学宇宙教育研究ネットワーク(NewEar: Network in Wakayama, Education of Astronomy and Research)を立ち上げることができました。
ここで、みさと天文台は、大学という研究組織と連携することで、科学研究費助成事業や他の研究資金を使いやすくなりました。NewEarの重要プロジェクトとして、8m電波望遠鏡の再生に取り組みました。再生するにあたり、電波望遠鏡の観測ターゲットを太陽から天の川銀河に変更することにしました。元々の仕様では、70〜220MHz(波長で4.3〜1.4m)の電波を受信するものだったので、パラボラ面の精度は十数cmあれば十分でした。一方、銀河を観測する場合、もっとも強い電波基線である水素原子が発するHI基線、1.42GHz(1420MHz、波長で21cm)を受信するには、パラボラ面精度を2cm以内にしないといけなくなりました。ミリ波やサブミリ波といったさらに鏡面精度の高いパラボラに比べると楽に感じますが、元のパラボラから考えると桁違いの精度であり、パラボラ面は一から作り直しました。天体望遠鏡やドームなどで実績のある西村製作所さんに製作を発注しましたが、パラボラ面は初めてということで、地元のアマチュア天文家で、かつコンビナートなどの構造物のモノづくりの経験もある下代博之さんに監修してもらいました。なお、このパラボラ面の製作には、国立天文台の大学支援経費などの外部資金を活用しました。
さらに、完成後の観測を中心となって担ってくれる電波天文学の専門家として、当時、野辺山で研究をしていた佐藤奈穂子さんをスタッフとして採用しました。佐藤さんと一緒に、8mの再生と並行して、学内の工作室で口径2mの電波望遠鏡を手作りで製作し、アマチュア無線の安価な機器をベースに天の川のHI基線の受信に成功し、8mの再生を待つのみになっていました。2006年7月には、新しいパラボラ面が完成し、当時の天文学会理事長であった祖父江義明氏に参加してもらい完成式典を行いました。その後、各種試験を行い、2006年9月1日についに、天の川銀河からのHI基線のファーストライトに成功しました。佐藤さんが中心になり天の川銀河の地図づくりも行い、その観測体験を何校かの高校生も追体験するといった教育用電波望遠鏡としても活躍しました。この電波望遠鏡の多くの成果は、佐藤ほか(2016)にまとめられており、全文をインターネットで公開していますのでぜひご覧ください(1)。
このように銀河観測用の電波望遠鏡として再生した8m電波望遠鏡のもう一つの観測がSETI観測でした。2009年、当時西はりま天文台の研究員であった鳴沢真也さん(現、本研究会会長)から、ぜひ8m電波望遠鏡に全国同時SETI観測実験「さざんか計画」に参加してほしいと依頼がありました。私たちとしては、SETI観測はぜひ挑戦してみたいテーマでした。というのも、国立天文台などの電波望遠鏡は内外の多くの研究者が共同利用で使っているため、成果がすぐに期待できないテーマや、長期の継続的なテーマには不向きです。一方、みさと天文台の8m電波望遠鏡は、ユーザは我々だけであり、観測テーマやターゲットは自由に決めることができました。当時運用していたネットワーク型の研究組織の愛称のNewEarには、「新しい耳で宇宙に耳をすます」という想いを込めており、機会があれば、SETIにも挑戦したいと考えていたのです。3/28のリハーサル、11/11-12の本観測に参加し、その様子は複数のテレビでも紹介されました。また、鳴沢さんによって2010年のアストロバイオロジー国際研究会で発表されました。
8m電波望遠鏡は、天文観測だけでなく、大学宇宙工学コンソーシアムが2010年に金星に向けて打ち上げたUNITEC-1(愛称:しんえん)の受信局としても活躍し、打ち上げ初日の衛星受信に成功しました。この成果は、和歌山大学チームが天文観測だけでなく、衛星の地上局運用の能力もあることを示す結果になり、大学キャンパス内に文部科学省超小型衛星研究開発事業を使って当時としては、大学キャンパス内にあるアンテナとしては最大口径の12mパラボラアンテナを設置しました。この12mアンテナは、8m電波望遠鏡の再生と運用のノウハウが注ぎ込まれていて、下代さんをリーダーに和歌山県の地元企業の力を集めたMade in Wakayamaの大型宇宙アンテナになりました。なお、8mは電波望遠鏡、12mはパラボラアンテナと呼称を変えているのは、メインの観測ターゲットが深宇宙の天体か、地球周辺の人工衛星かによるもので、12mでもHI観測は衛星運用の合間を縫って行いました。また、鳴沢さんが再び呼びかけた2010年の世界同時SETI観測実験の「ドロシー計画」の際には、12mアンテナで参加しました。その後も12mを使って、何度かSETI観測を行いましたが、文部科学省のプロジェクト予算の終了とともに、佐藤氏が離任し、その後は12mアンテナの電波望遠鏡としての運用は行っていません。また、みさとの8m電波望遠鏡の利用もほとんど行われてきませんでした。
今回の日本SETI研究会の発足と、WOWシグナル50周年記念観測のプロジェクトを機に、8m電波望遠鏡を再び運用し、“NewEar”の望遠鏡として、将来に渡って長期にSETI観測で活躍することを期待しています。
1) 佐藤奈穂子、尾久土正己、富田晃彦、矢動丸泰「みさと天文台8m電波望遠鏡をめぐる電波天文教育普及活動の軌跡」和歌山大学宇宙教育研究所紀要, 5, 33-50 (2016)
https://web.wakayama-u.ac.jp/ifes/achievement/bulletin/data/05-P33_misato.pdf
2026年6月3日
奈良県立大学
尾久土正己