子どもの数が少なくなっている現在、子どもたちに興味を持ってもらうことが多くの分野の間で競争のようになっていますね。特に現在50歳~70歳くらいの世代は、平和な時代に生まれ、また科学・技術がモノとして急速に進んだ時代でもあり、放っておいても多くのモノにあこがれを持っていたことを考えると隔世の感があります。
特にあの時代の男の子でいえば、「プラモデル」を中心にした「模型少年」は当然で、そのほか虫少年、化石少年、電気少年、そして天文少年が40人のクラスに数人ずつはいたはず。(実は女の子にも)
模型少年が後に車やバイク、さらには飛行機や船に興味を持つのは当然。天文学者になった天文少年はさほど多くはないでしょうが、いずれにしてもこの時代はこれらの興味が後の科学や技術分野に貢献した場面は少なくないはずでしょう。
今でもそんな分野に興味を持つ子どもはいるはずでしょうが、最近ではここに大きなライバルが生じていると感じています。ここで二つあげるとすれば、ひとつが「スマホ・電子ゲーム」であり、もうひとつが「安全」であということは多くの方が同意してくれるでしょう。
特にスマホ・電子ゲームは強力ですね。すでに電子ゲームは莫大な資金と有能な人材を投入して開発が進み、現代にはそれにSNSやショートビデオが加わって「面白く、やめられない」世界を実現してきました。もはや「そんなくだらないことはもうやめなさい」と言えないでしょう。資金と人材を投入して作られて積み重ねられたものがその程度でやめられるほど「くだらない」わけはない。もっとも、「何時間やってもほとんど何の能力も残さない魔法の箱」である点がこの世代からみて悩みでもありましょうか。
お父さん、お母さん、大変な時代を作ってしまった僕たちをお許しください。特に私の勤めた通信行政では、「いつでも、どこでも、だれとでも」楽しく通信できるようにがんばってしまいました。
もうひとつの「安全」も大きなライバルですね。私の育った地域ではかつては小学生の行動半径は「学年×km」と言われていました。小学校も高学年になると10km四方の範囲を勝手に自転車で駆け回っていたことになります。虫とりで河川敷の藪の中に分け入っては川に落ちたり、化石堀りと称してハンマーをもって仲間と山に入ろうとした際には、じいちゃんから「クマが出るから鈴を持っていけ」「マムシにかまれたら傷からできるだけ毒を吸い出してすぐに山を下りろ」という注意を受けた程度で「実地観測」を勝手にやれた時代ではあります。でもその結果、割った石から貝の化石が出た瞬間の喜びは今でも忘れられません。
ちなみに、あの時代、クマはそれなりにいたはずで、毎年1頭くらいは近くでとれたクマが広場で公開されていたのに、僕らは出会うどころか遠くから見ることも全くなかったのはなぜでしょう。
もっとも、その自由の代償は小さくなかったといえます。私は1クラス14人の田舎の小学校でしたが、同級生の一人は水の事故で亡くなっており、そのほか近所の子が二人、それぞれ別の交通事故で亡くなっています。保健婦をしていた我が家の母のところに何度も泣きながら来ていたその子のお母さんの顔も忘れられません。
さて、次の時代、子どもたちをどう育てましょうか。子どもが3人、孫が7人のじいちゃんとしては、それなりにいろいろ押し付けようとしてはいますが、やはりそれぞれの時代があり、あまりしつこいのも考えもの。
スポーツ業界はもちろんですが、車・バイク、カメラ、楽器、模型、アマチュア無線さらに天体望遠鏡の業界も何とかして子どもたちを呼び込もうと必死でもあります。それでも、過去にこれらに未練を残した高齢者がほどほど元気でお金持ちなこともあり、最近の開発対象がどうしても高級品に偏ってしまうことも悩ましい。で、私はひとまず小さな「科学教室」を開いて何とか子どもたちに「科学の楽しさ」を教えていますが、それでも所詮は自己満足の世界ではあります。ちなみにアマチュア無線や電子工作は過去には子ども向け雑誌にも記事や宣伝がたくさんがありましたが、現在では皆無。一方で宇宙や天文はまだ大きな紙面が割かれているのでまだまだ期待できるでしょう。
他国が力をつけてきたため日本から買ってもらえるものが少なくなってきており、通信機器はその筆頭で、過去には米国から「スーパー301条の適用」などとやり玉にあがっていたのに、現代では国内メーカは全滅に近いともいえます。それでも石油が出ない日本は必ず何かを売らなければいけない。子どもたちに「他国より良い何か」をつくる力、考える力をつけてもらうためにも、皆さん、いっしょに頑張りましょう。