公式な記録が残っているものの中で、わが国初の電波SETIは、おそらく九州東海大学(現在は東海大学熊本キャンパス)の藤下光身さんらのチームが実施したものと思われます。これは5人の学生の卒業研究として行われました。日本初の電波SETIに用いられたアンテナは名古屋大学に所属するものです。1999年9月17日から29日までの8日、豊川市にある太陽地球環境研究所のフェーズドアレイとよばれるアンテナをペガスス座51番星に向けて、まずはテスト観測が行われました。この星に惑星が見つかった4年後のことです。
本番観測の実行は、その年の12月17日から21日の5日間(計75分間)で、木曽観測所(長野県上松町)と富士観測所(山梨県富士河口湖町)にあるフェーズドアレイがふたご座のベータ星ポルックスからの信号を待ちました。約100キロ離れた2地点での同時観測です。両アンテナからのデータは電話回線で豊川の研究所に、さらにインターネット回線で熊本の藤下研究室へ送られました。観測周波数は通常これらの観測所が使用している327メガヘルツでした。
ばんとう通信第7回 SETIとGPS:天敵(人類の出す電波)をどうやって除くか? もお読みください。
日本の施設を用いたのではないのですが、アメリカの観測所を利用してSETIを行ったグループもあります。当時国立天文台にいた白井俊道さんらの若手チームです。利用したのは、Very Large Array(VLA)です。アメリカ国立電波天文台の一施設で、ニューメキシコの平地に25m電波望遠鏡が27台配列されたものです。
観測は2001年1月で、系外惑星が見つかっている150光年以内の13の恒星をターゲットに行われました。観測周波数は水分子のメーザー電波線である22ギガヘルツでした。
藤下さんの次なる観測は水沢市にある国立天文台の10m電波望遠鏡を使って行われました。一般的に他の施設での観測は申請書を出して許可が下りないとできません。藤下さんもSETIを目的とした電波観測と明記して申請しました。それは国立天文台の関係者が審査して、みごとにパスしました。国立天文台が認めた初のSETI観測です。
観測は2005年の3月1日から5日まで実施されました。観測周波数は8.4ギガヘルツでした。水沢には藤下さんと名古屋大学の大学院生が行きました。この時は大きくマスコミが報道したのですが、とくに水沢のある岩手県のローカル新聞はトップニュースとして記事が掲載となりました。
観測のターゲットはハーバード大学が行ったSETI観測(META計画)で強い電波が検出された4領域のうち、うみへび座の領域でした。1988年10月に同大学オークリッジ天文台の26m電波望遠鏡がMETA計画記録上3番目に強い電波をこの領域から受けたのです。
残念ながら水沢では観測割り当て期間のほとんどが降雪で、毎朝パラボラに5センチほど積もった雪を落とさなくてはなりませんでした。悪天候でわずかな時間しか観測ができませんでした(結果など詳細については、下記文献をご参照ください)が、その年の10月に福岡で開催されたIAC(国際宇宙会議)にて、藤下さんがこの時のSETI活動について発表を行いました。
ここまでは、鳴沢真也著『宇宙人の探し方』(洋泉社)を参考に記載しました。
2009年には国内同時SETI観測と2010年には世界合同SETI観測が行われましたが、これらについては後ほど紹介します。
山口大学の藤沢健太さんらのチームは、2018年12月5日、同大学の32m電波望遠鏡を用いてアルタイルの観測を行いました。観測周波数は6664-6696メガヘルツです。これは、本シリーズ第2回で紹介したCall to the COSMOS ’83の返信を狙ったものです。
(2023年に鳴沢らもJAXAの64mアンテナを使って同様のテーマで観測を行いました。)
国立天文台のチームが電波望遠鏡ネットワークVERAを用いて観測を行っています。これについてもいずれ紹介できたらと思います。
左から藤下光身さん(電波)、西村史郎さん(赤外線)、鳴沢真也(可視光)。それぞれのSETI研究に対応した電磁波(波長の長い方から)順に並んでいます。